正月閑話  「ごくらくゴクラク」  平成17年正月

 昨年は本当に異常な一年だった。年始の挨拶は 「本年も相変わりませず・・・・・」 というのが一般的な決まり文句だが、今年だけは 「本年は相変わって」 と言っても良いかなと思う。イラク戦争後の彼我の混乱情勢。日本人ボランティア達の人質事件と解放。続く青年旅行者の人質と悲惨な結果。北朝鮮による日本人拉致問題。言うべき事を、言っているのかどうか判然としない進展状況。ご家族の心痛は察してあまりある。普通の人なら、一の位から順に数えないと分からないような金額の小切手。その受領を忘れたとうそぶく政治の世界。各省庁の、国民を馬鹿にしたような金銭感覚と不当不正。

 大きさも数も異常な台風の来襲。幸いに自分の住んでいる地域では、被害らしいものは無かった。しかし、重ねて被害を受けた地域もある。どれほどの落胆と疲労を覚えられた事か。 新潟中越地震。想像できない程大きな揺れを感じ続ける日々。地震にはしっかりと耐えた自宅が、水に飲み込まれて行くのを座視する他ない無念さ。雪の季節を迎える中、救いは暖冬という皮肉。牛肉、鮮魚、野菜などなどあらゆる食料品の産地や消費期限の偽装。自動車メーカーの不良隠し。大銀行の不良資産隠し。財界トップが頭を下げる光景を、幾度テレビで見たことか。漸くにして手に入れたであろう地位と転落の人生。

 私は日々のニュースを見ている中で、日本が歴史上の転換期を迎えているのを感じ続けていた。その身を自浄するかのように、地図の形そのままに大きくうねっている。
 今まで、大きく強く価値があると思われていた全てが崩れ去り、身中の膿を出すかのように苦しんでいる。信じて拠り所とするものが次々と消えていくような寂しささえ感じる。満ち足りた平和な現代では、正に地獄図ともいえる有様。時代を遙かに遡れば、元号が改定されるほどの事件事故が頻繁に起きた。それ故に、宗教や占いに頼りたくなる人も大勢出てくるのだろう。占いで有名な女性がおられるが、さしずめその代表格で時代の象徴だと思う。

 住めば都。又かまたかと、溜め息がでるこの国に住んでいても、ふるさとは離れがたい場所なのだ。砂漠の民も草原の民も、山岳の民も海洋の民も、大陸の民も、島国の民も其処に住んでいるからその人の人生がある。誰からどういわれようと、かけがえの無いもの。
年末には慌てて掃除をする。しめ縄をかける。正月用の餅をつく (用意をする)。お節料理を作る。除夜の鐘を聞く。お年玉を用意する (何年かすればまたもらえるようになるかもしれないが) 。初詣をする。どれも、日本に住めばこそのことだし、地方によっては捨て難い伝統行事が沢山残っている。
 私は無精で、大晦日の深夜に初詣をすることはない。しかし、テレビで「行く年来る年」を見るのは子供の頃から大好きだ。行ったことのない雪深い土地の、初詣をする人と除夜の鐘の音は、ほんの短い時間だけだが、凡夫の私の心にも響く。
 昨年十二月のテレビで、拉致被害者・横田めぐみさんのご両親が 「眠っている時だけが心休まるときです」 とおっしゃっていた。それを聞いて、私の妻も若い頃に同じようなことをよく口にしていたのを思い出した。まだ子供が小さい頃、布団にはいると 「ハーッ、ごくらくゴクラク」 とつぶやくことがある。どういう事か尋ねると、「一日が終わって布団に体を横たえる時、何とも言えないくらい有難く感じる」 と言う。妙になるほどと思ったものだ。

 そうだ 「極楽」 は決してあの世には無い。どんなに辛くても、この世に生きていればこそ、 「ごくらく」 を見ることができるのだ。 お互いに良い夢を見たいもの。 
歩き遍路、新居浜市





  四国 歩き遍路

 (お声かけをして撮影)
     前の頁,巌流島   次の頁,浜坂にて    第一分冊目次       第一分冊トップ頁


     Vol V,トップ頁      Vol U,トップ頁