《私の本棚 第八十九》  平成16年8月  

    「生ましめんかな」      栗原 貞子  

  こわれたビルデングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク一本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生臭い血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」 と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう。
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも 
    ※詩の中の地下室は広島市千田町の旧郵便局の地下室 (実体験での詩)
原爆ドーム







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