《私の本棚 第五十》  平成13年5月   

         
「千曲川旅情の歌」  島崎藤村 



       
 小諸なる古城のほとり

 雲白く遊子悲しむ

 緑なす繁婁は萌えず

 若草も藉くによしなし

 しろがねの衾の岡辺

 日に溶けて淡雪流る

  
 一

        
あたゝかき光はあれど

野に満つる香りも知らず

浅くのみ春は霞みて

麦の色わづかに青し

旅人の群はいくつか

畠中の道を急ぎぬ



         
暮れ行けば浅間も見えず

歌哀し佐久の草笛

千曲川いざよふ波の

岸近き宿にのぼりつ

濁り酒濁れる飲みて

草枕しばし慰む


  
 (注:横書きで見にくいため、算用数字を振りました。)
 


        
 昨日またかくてありけり

 今日もまたかくてありなむ

 この命なにを齷齪

 明日をのみ思いわづらふ

 
  

      
いくたびか栄枯の夢の

消え残る谷に下りて

河波のいざよふ見れば

砂まじり水巻き帰る



        
嗚呼古城なにをか語り

岸の波なにをか答ふ

過し世を静かに思へ

百年もきのふのごとし

 


        
千曲川柳霞みて

春浅く水流れたり

たゞひとり岩をめぐりて

この岸に愁を繋ぐ

信州,大鹿村






 信州 大鹿村

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